
お客様からお預かりした、復帰前の権利書(登記済証)。13セントの収入印紙が貼られています。時々見ることのある琉球政府時代の面影です。通貨はUSドルを使用していたので、印紙や切手もドルだったんですね。
σ(・・。) は復帰後の生まれなのでドル時代の沖縄を知りませんが、730は少〜し覚えています。年齢の話しをしていると、復帰や730で相手の年がだいたい分かったりします。^^
730(ナナ・サン・マル)ってご存知ですか?
沖縄が本土復帰する前は、通貨はUSドルで道路(交通)は、(車道)右側通行だったのです。
復帰から6年後の7月30日の朝から、右側通行が本土と同じく左側通行になったのです。朝から急に変わったのではなく、前日の夜(10時)から自動車の運転が禁止され、朝(6時)解禁、左側通行が始まったようです。
6時に窓から外を見ていたのを思い出します。本当に左を走るのか、車が動き出すのを待っていたのです。^^ 今まで右側通行だった車が、逆を走るようになのるが不思議だったのでしょうね。
当時のバスには、730のステッカーが、車内に貼られていました。左折大回り。右折小回りって矢印が入っていて、運転手さんからよく見える位置にありました。
( ̄O ̄;アッ!間違えた...
右折大回り。左折小回りでした...( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)
通貨や交通がアメリカに合わせられていたので、沖縄の人は英語を話し、標準時間は本土と違うと思われていた事も多々あったようです。^^;
今では、沖縄に好意を持って下さる方が多く、とても感謝です。